vol.42 YSP富士吉田の仲間たちと


10月27日、足早な台風が急接近し、
暴風雨に見舞われた富士スピードウェイに、
悪天候を感じさせない明るいピットがあった。
難波さんとYSP富士吉田の仲間たちは、
底抜けの笑顔でレースを楽しんでいた。

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走行直前のピットで少年にペチペチされる

 信じがたい光景だった。走行を直前に控え、富士スピードウェイのピットで集中力を高めているのは、'98年にヒョコッとスポット参戦した日本GP予選で2番手グリッドを奪い取った難波恭司さんである。その難波さんに4、5歳の男の子がツカツカと歩み寄り、「頑張れよ」といった様子でヘルメットをペチペチ叩いたのである。  かつて全日本ロード250ccクラスに参戦していた難波さんに、走行前に話しかけるなど絶対不可能100%ムリ、速やかにお引き取りください状態だった。それぐらい張り詰めていたのだ。しかし男の子にペチペチされた'07年の難波さんは、気にする風でもなく、ごく普通に受け流していた。
 実はこのペチペチ、9年ぶりにスプリントレースに出場する難波さんにとって狙い通りのシーンだった。「レースは、トップをめざして張り詰めるだけのものではない。仲間たちと一緒に楽しめるレースもある」と、難波さんは考えているのだ。
「ヨーロッパでは、大人の趣味として楽しむレースが盛んに行われているんだ」と難波さん。「いいオッサンたちがピカピカにしたマシンで楽しんでいる。そういうレースが増えることが、モータースポーツ文化が日本に定着するために必要なんじゃないかな」
 難波さんのピットは、確かに明るかった。別クラスに参戦しているYSP富士吉田の小沢淳店長、そして元全日本チャンピオン・藤原儀彦さんの長男、翔平くんと共同で借りたピットは、老若男女多くの人々がワサワサと出入りし、何かとガヤガヤ盛り上がり、笑い声が絶えることはなかった。
 みんなが楽しめるレースもある――。男の子にペチペチされながら、難波さんはそのことを体現していた。

 

YZF-R1はキットパーツ(マフラー+レーシングECU+ハーネス)とカウルを組んだだけのほぼストック状態。

 
ほぼストック状態でレースに挑む
YSP富士吉田・小沢淳店長の力走。「安全でストレスなく楽しめる」とサーキット走行にハマっている。
難波さんとお手伝いのメカニック2人という完全プライベート体制。操作系を軽くすることに徹底的にこだわった。

予選でポールポジションを獲得。グリッドでの難波さんは、さすがに張り詰めた様子を見せた。本人は「そんなことないよ」と否定するのだが。

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楽しむためのレースがもっと増えてもいい

 難波さんが'98年世界グランプリ・ドイツGP以来9年ぶりとなる「復帰戦」として選んだのは、サタデーロードレース第3戦。いわゆる地方選手権だ。久しぶりとは言っても、全日本ロード選手権で活躍し、ヤマハの市販レーサーやGPマシン開発に携わってきた難波さんである。だれもが極めて意外なチョイスだと思った。
 しかし、難波さんの狙いは「みんなで楽しむレース」。今回エントリーしたのは、改造範囲が広くスリックタイヤの使用もOKというJSB1000クラスだが、難波さんは最低限のチューンナップに留め、さらに溝付きのプロダクションタイヤを選んだ。
 レーシングパフォーマンスを大きく左右するタイヤで、あえて圧倒的な不利を背負い込む。エントリーの目的が「勝つこと」ではないことが、タイヤチョイスに表れている。
'06年の11月に、スポーツランドSUGOで'07YZF-R1に乗った時、感触がすごくよかった。『このバイクなら、素のままでレースしてもいいかな』と思ったんだ。素のよさを知るためには、あまりモノに頼らない方がいいに決まってるからね」
「勝つためのレース」だけでは、スキルも金額も求められるものがどんどんシビアになる。底辺のレースが盛り上がり、参加する人が増えなければ、日本の2輪モータースポーツ文化も定着しようがない――。そんな思いのままに、難波さんは準備に1年かけ、改造もすべて自分の手で行った。その期間もレースの一部として楽しんだのだ。
「『レースに出よう』と思った時に、チェッカーを受けるまでのストーリーが頭に思い浮かぶ。それを実現していくプロセスが楽しいんだよね。物事を為し遂げようとすることが」

 
雨で訪れた「思いがけない勝機」
決勝スタート。ホイールスピンでやや出遅れたが、しっかりホールショットを奪う。

「経験と知識を生かした」という走りで完全にレースを掌握。

一時は後続を3秒以上引き離したが、まさかのどんでん返しが。

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結果なんて気にしない。プロセスを楽しもう!

見るだけじゃない。参加すればレースはもっと面白くなる。

 難波さんが思い描いていたストーリーが大きくズレたのは、レース前日の練習走行から雨が降り続いたことだ。全車レインタイヤ装着で、タイヤ条件としては横一線になる。マシンをほとんど改造していなかった難波さんに、思わぬ形で勝機が訪れたのだった。
「もしドライでスリックvs溝付きタイヤだったら、そうだなぁ、頑張って6番手ぐらいかな」と予想していた予選も、3周だけのアタックで軽々とポールポジションを獲得。10周の決勝は最終ラップまでトップを走ったが、周回遅れに引っかかったところで後続にかわされた。「あと1周あるからいいや」とのんびり構えていたところ、予想外のチェッカーが出されて2位。富士スピードウェイ独自の電光掲示板への残り周回数表示に惑わされ、カウントし間違えた難波さんであった。
 ポール・トゥ・ウィンを確信していたピットは、予想外の結果に「えええぇぇっ!?」と逆盛り上がり。ピットに戻り、「勝てそうで勝てないのがオレらしいや」と呟く難波さんを、笑いの渦が包んだ。「安全マージンはたっぷりとった。そうだなぁ、60〜70%ぐらいの力しか出さなかったよ」と振り返る難波さん。2位に終わった今となっては、すべてが言い訳に聞こえなくもないが、どうやら本心らしい。
「いいのいいの、結果なんて。夢中で物事に取り組むことで感動したり、心を揺さぶられるのがレースの魅力なんだから」。そういう意味では、確かにピットの全員が心を揺さぶられた。最終ラップまでトップを走りながら、周回数を間違えて2位という展開に…。
「いいのいいの」と繰り返しながら、ピットを後にした難波さん。その目にうっすらと悔し涙が浮かんでいた…かどうかは、未確認である。

 
仲間たちと一緒に 笑えればそれでいい
表彰台も、本人は「周回数を間違えるという失態の結果だからね〜。とっとと逃げ出したかったよ」

レース後、思わず倒れ込む難波さん。「ここで勝てないのがオレらしいよ」

「難波さんが周回遅れに引っかかった時は『チャンスかな』って。ま、最後は体力の差ですかね。なんちゃって! す、すみません」と、難波さんに勝った中村知雅さん。

TZ125でFISCO GPクラスに出場した藤原翔平くん(中央)は、全日本でV3を達成した藤原儀彦さんの長男。「息子の手伝いをして、レースの大変さを知りました(笑)。本人が楽しんでくれればOKです」 小沢店長はMPクラスで3位表彰台を獲得!
最終整備はYSP富士吉田で。店長の小沢淳さん(左)と工場長の昌路さんと一緒に。 小沢店長をサポートする「うなぎ川長」の四代目、小林慎一さん(前列左)は「仲間が出るレースは直接応援できる楽しさがある」。表彰台獲得を記念し、ビッグマシン読者は年内10%オフ! (JR甲府駅南口徒歩2分/電話:055-222-5890) 兄弟でレースを戦い抜いたYSP富士吉田。「この経験をお客さんに伝えていきたい」

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