|
引地猛店長がバイクの免許を取るために教習所に通ったのは、3ナイ運動が厳しかった時代だ。高校の担任に発覚したが、黙認してもらえた。
教習所通いを始めて1週間ほどして、今度は小学生時代の恩師の上司が、「バイク欲しいやろ」と、倉庫に保管していた10年もののヤマハRD250を譲ってくれた。空冷2ストツインエンジンを搭載した、'70年代の名車だ。
免許を取得した引地さんは、自分でレストアしたRDで走り回っていたが、ある時、立ちゴケをしてウインカーを折ってしまった。しかし旧車の部品は入手困難だ。やむなくそのままの状態だった。
ある日、ウインカーが折れたRDを自宅前で洗車をしていると、RDマニアだという人に声をかけられる。「ウインカーなら余ってるから、今度あげるよ」と言ってくれた。
翌日、「もしかしたらウインカーを持ってきてくれるかもしれない」と早めに学校から帰ると、玄関にすでにウインカーが置いてあった。それきり、その人と会うことはなかった。
「でも、この出来事がズブズブとバイクの世界に入るきっかけになったんでしょうね」と引地店長は言う。
系列店、YSP大濠の副店長を経て、YSP友泉の店長になった。
「スタッフとは、より親密な関係を結べればと思っています。上下関係ではなく、横のつながりの中で和を築ければいいな、と考えているんです。…そういえば、この思いはお客さまに対するものと同じですね」
バイクはコミュニケーションツールだ、と引地店長。バイクを介して多くの人たちと知り合い、支えてもらったという思いが、店長職になった今も心の中に息づいている。
|